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賢くあることと、バカであることの境界。
賢くあることと、バカであることの境界。

何事かを人生で成し遂げたい時、賢くなることとバカになることの両方が必要だと思う。

自然に積み重なっていく経験、それによる危険予測、ある種の諦観と、そういうのを抱えながらも吹き飛ばして、度外視して、飛び込めるバカさも必要だ。

臆病になるための経験なんていらない。

経験することや見聞きすることは、自分の中の考え方を強くしたり、それを元に意見を交わしてさらに豊かにしたりするためのものだと思う。

とにかく若いうちは飛び出していったらいっただけ、たくさんの人から経験を話してもらうことができる。
これってほんとに若さの特権だ。自分も20代の時は本当に多くの人にそうしていただいた。

でも、ある程度の経験年数とか年齢とかになると、そんな風に与えてくれる人は減る。
自分の側にも何かしらの打ち返せるものをもてないとダメだ。
いろいろな人が与えてくれる間に、自分にとって大切なことは何なのかを考えていくことが必要だとも言える。

広く浅くだと八方美人的にはやれるし、ある意味で楽だろうと思うけど、大きな課題を解決するような、現状を打破するようなことはやれないと思っているので、深く行く道を選んでいるほうの人間だと思う。
他人から見て、トータルで損してるなぁと思われる人でも、信念をもって一つ一つを確かに形にしている人に惹かれるし、そういう人のほうが信頼も尊敬もできる。
でも、だからこそ一方で、自分の中の正義の範囲が狭くなりすぎないバランス感覚には気をつけている。

そんなことを考えたのは、一瞬足を止めてみたから。

時には足を止めて、振り返ったり見渡したりする時間が必要だし、有効だ。
すり減らした靴では、そんなに遠くへは行けない。

制作 23:52 comments(0)
今年の九州戯曲賞審査会を終えて。

九州戯曲賞の6回目が、先日無事に終了した。

今回は、幸田真洋さんの『となりの田中さん』と木下智之さんの『喜劇ドラキュラ』の2本受賞となった。 

戯曲賞の立ち上げから一緒にしてきて、6回目を終えて強く感じたことは、「戯曲を評価するということが、以前より浸透してきた」ということだった。

戯曲単体での評価と公演全体での評価はもちろん違ってくるから、地域で活動しながら、作・演出・役者その他のあらゆる要素を成功させ、発信することはそうたやすくない。

けれど、この「戯曲賞」の存在がこうして九州内外に浸透していく中で、「優れた戯曲」というものへの視点や価値基準の持ちようが確かに強まっているように感じた。

演劇では、音楽などに比べ、こういった「審査される、競う」ことを嫌う人も多いように感じていたけれど、最近はそれを前向きなきっかけとしてくれる層も増えてきているように感じる。

また、毎年行う審査会後の交流会には、過去の大賞受賞者の方にもお声がけしていて、今回も、4名の方が参加してくれた。交流会の場では、審査員と受賞者、今回の候補者、主催者、共催者の間で、本当にいい演劇の話が繰り広げられていて、どうでもいい話なんて全然ない濃密な濃密な時間になっている。この場に大きな意義と効果があるし、九州戯曲賞の姿がぎゅっと凝縮された場でもあると思う。

そんな場にいながら、これも九州戯曲賞の特徴的な部分だなあと思ったのは、受賞者が今も、九州各地のそれぞれのホームにいながら、活躍・展開の場を広げているということ。

そもそも、拠点を地元に持ちながら活動展開できるというのは、劇作家の仕事のメリットに数えられる部分で、劇作家は確かな作品を発信し、評価されていけば、他地域に作品を提供することもできるし、もちろん地元にも提供することができる。

そのようにして、いままさに活躍中の過去受賞者の方たちの近況について、審査員の方たちにも交流会の場でご報告できた。

なので、この6年をふと振り返って、この事業はまさしく人材育成・環境整備なのだなあと強く思った。これからも、さらによい戯曲賞となるよう、頑張りたい。


 

 

 

 

- 12:47 comments(0)
「批評」という場のコーディネート

仕事柄、批評という要素を伴う事業に関わることが多い。

自分で企画する事業でもある場合があるし、他のところがしている事業という形で、その場に立ち会うことも多い。

 

先日も、ある批評を伴う場に立ち会ったのだけど、その場を通じて改めて感じたことは、批評の場をセッティングする時に「批評する側(人)」「批評される側(人)」だけではなくて、「批評の在り方をコーディネートする側(人)」が必要だということ。

「批評の在り方をコーディネートする側(人)」は、間違いなく、その場を作った企画者や主催者である。

ある意味で、すごく当たり前のことなのだけど、「批評する人」「批評される人」を置いただけでその場が完成したと思ってしまっていることも多いのではないだろうか。

確かに、この2者を置けば場は成立する。だが、「よい批評の場」になっているかどうかは別次元の問題である。

「コーディネートする人」は、対象者(批評される人)に対して、どういった距離や角度で批評してもらうことがよいのかを、具体的に繊細に考える人である。

例えば、演劇をまだ始めたばかりの若い人に、長年演劇をやってきた人が、自分の到達した視座でだけ批評をするのは、やはり効果的ではないだろう。(その人の考え方を聞くという場であれば正しい)長年やってきてしかたどりつかないところをその段階で得ておけというのは、なかなかに無理があるだろう。しかし、批評する側がそんな発言をしてしまったとしても、もしコーディネーターが具体的な依頼をしていないなら、批評する側の責任は小さい。その場の作りに責任を持つのは、やはりコーディネーター側となる企画者・主催者である。

また、「批評の在り方をコーディネートする人」は、決して「批評の在り方をコントロールする人」ではないことも、誤解のないよう付け加えておきたい。

 

あと、忘れてはいけないと思うのが「批評が目的化しないこと」である。「批評」自体が是とされる空気感というのはもう長くあって、その上で「批評の場」は、育成目的の事業でも良いこととして求められやすい。しかし、この場合に忘れてはいけないのは、「批評」があくまで育成のための「手段」だということである。育成事業の中に置かれる批評は、その対象者が、その後更に成長したり、展開したりするための「手段」としての「批評」であり、「次」につながる、役立つものでなければ意味がないだろう。

 

また、「批評される側」という立場についても、その立場に自ら臨む人へ敬意を忘れず、常に配慮をもって考えていきたいと思う。

- 12:50 comments(0)
『札幌演劇シーズン』に行ってきました。
先週のことになりますが、2/8-10で『札幌演劇シーズン』に行ってきました。

この日程だと、今回の札幌演劇シーズン全5演目中の3演目が鑑賞可能で、その中の札幌座の『春の夜想曲』が韓国語版字幕付きで上演されるので、約1ヶ月の開催期間の中から、この日程を選んで行ってきました。

『札幌演劇シーズン』は、
 ̄虧椶料瓦討地元の劇団による作品であること
∈同藝酩覆任離蹈鵐哀薀鵑箸靴討い襪海函

が大きな特徴であると思う。

今回観ることが出来たのは、福岡でも公演したことのあるイナダ組の『ライナス』、札幌座の『春の夜想曲〜菖蒲池の団欒〜』、そしてこちらも福岡公演されたことのある劇団千年王國の『狼王ロボ』の3つで、もう一つの参加団体であるyhsの『ヘリクツイレブン』は日程が合わず観られず…とっても残念。『ヘリクツイレブン』は、今まさに公演中で今週末22日までの公演。観ることができる人は、是非観て下さい。


というのも、先日の日程で観ることのできた3作品がいずれも、クオリティが高く、非常に楽しめる作品ばかりだったから。


札幌で実際に作品を鑑賞して、街の中での“演劇”の存在の仕方や、客席での観客の反応も感じて、関係者の方たちにも色々なお話しを聞いて、『札幌演劇シーズン』の素晴らしいところは、企画の土台にある大きなビジョン(方向性)とその実現のための企画の姿に矛盾がなく、とても有機的だ ということだと思った。

 土台には、地域でプロとして活動する演劇人が増えること、その環境整備をビジョンとしてもっていて、(参考:「100人の演劇人が活躍する街をめざして」)そのための具体的な動きとしてこの『札幌演劇シーズン』が実施されているという位置づけだと思うのですが、

 

・地域の劇団による

・再演作品の

・ロングラン

 

という要素は全てそのビジョン実現のために、現在ベストと考えられる要素で構成されていて、そこと一緒に、両輪の動きとして、


・観客を増やす


という重要なことを、きちんと担っている。

ロングランで上演することで観客は観劇日程を選びやすく、観劇しやすい。

そして、そうやって足を運ぶことが想定される、初心者から見巧者までの幅広い観客層に対するコンテンツとして、既に上演されたことがあり一定以上のクオリティを担保した上でさらなるブラッシュアップが期待できる再演作品が提供される形になっていることは、実にきれいで、ねらい・対象層・想定される結果に矛盾がない。


今回、地域で芸術団体が活躍していく環境づくりのためのたくさんのヒントを今回の札幌演劇シーズンに教えてもらった。行政との関係や、街との関係、地域劇団との関係づくり、いずれも非常によく考えられ、そして何より実行・実現されていることで、学ぶことが多かった。

 

夏と冬の年2回開催されているこの『札幌演劇シーズン』。

地域における演劇の在り方や、地域劇団との関係性で同じ方向性を目指している多くの人に、是非足を運んで欲しい。

制作 12:10 comments(0)
今週末の観劇予定。
今週末は、九州戯曲賞の大賞作品のリーディング公演を、まどかぴあに観に行く。
今年は、大賞作がなんと2本だったので、『憑依』と『家出』という2本立て。

趣の異なる2作品を、それぞれ別の演出家で見られるの贅沢!
2本合わせて観ることで感じる印象もあるかもなあ。
あと、久しぶりに、まどかぴあの小ホールで観劇するのも楽しみなのです(^^)

自分の想像力もフル回転して、でも会場を包む空気感をひしひしと感じられるリーディング公演、好きだなぁ。
今回は、『憑依』をM.M.S.T.の百瀬さんが、『家出』をミクロドロップの伏見さんが演出されるので、そちらも楽しみ。

なんだか聞くところによると、まどかぴあでのリーディング公演もかなり地域のお客様にも浸透してきているようで嬉しい。やっぱり継続の効果なのだろうと思うし、大事に事業が行われている成果だと思う。

そして、土日は、キャナルシティ劇場で『組曲虐殺』がある。
井上ひさしさんの遺作となった作品で、未だ見ることができずにいたので、とっても見たかったのだけど、この日程はどちらも仕事。。。

こちらは泣く泣くあきらめました。

リーディング公演は、金曜・土曜の日程で助かったなぁー。

九州戯曲賞大賞作品リーディング公演の情報は、こちら。
http://www.madokapia.or.jp/events/detail/41

まだチケットあるのかな??


観劇など 21:09 comments(0)
2012年と2013年。

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

2013年ですね。へび年です。
新年なので、気分一新、ブログのデザインを変えてみました。

2012年は、おそらく今までで一番働いた年でした(笑)ああ、でも結構本気で。 
メインでもった事業としては、やはり9月末のアートマネジメントセミナーが一番大きかったのですが、そのほかにも担当した事業や関わった事業で、本当にあっという間に日々が過ぎていきました。
ひとつ事業が終わると、すぐ次の本番という感じで、リレー式に頑張る日々でした。

とはいえ、どんなに忙しくても、ずっと温めていた企画の実現となった事業や、新たな試みをした事業、課題をみんなで捉えて新たにした事業など、やりがいのある仕事にずっと関われる日々は、幸せです。

ここまでの積み重ねの中で実現できたことがとても多かったし、これまでのご縁にも支えられた毎日でした。
出会うべくして新たに出会えた人もいて、次のステップに進み始めたようにも感じました。

そんな中で、年末年始は少し長めに休めたので、帰省して懐かしい人に会ったり、ゆっくり家族と過ごしたりしました。
ずっと走り続けていたような感覚の下半期だったので、年末年始で、自分自身や自分の周りのことに、じっくりと向き合ったり振り返ったりできました。
自分にとって必要な、とても大事な時間だったと思います。
この期間を通じて、自分自身の理解度が高まった気がします(^^)

2013年は、また挑戦の多い1年になりそうです。

が、年末年始のこの分析を踏まえて(笑)、「無理せず、ぼちぼちと、だけどしっかりと」を実現できるように工夫しながら、毎日を過ごしていきたいです。

というわけで、相変わらずな私ですが、皆さま今年もどうぞよろしくお願いします。

制作 08:24 comments(0)
10年ぶりに。
今年、「アートマネジメントセミナー」の特別編を927日(木)〜29日(土)で開催します。
「アートマネジメントセミナー」はFFACで毎年開催しているのですが、今年はおよそ10年ぶりの特別編として、3日間集中のとてもとても濃い内容で実施します!

 

メイン対象は、九州地域のアートマネージャー。

昨今の劇場法をめぐる動きを含め、この10年くらいで大きく変化してきた公共劇場や芸術を取り巻く状況を、このタイミングでもう一度整理するとともに、広く事例を知り、自分たちの現場を相対的に捉え、現場にいる一人一人が明日を変革していくためのセミナーです。

 

九州では、他地域公演や合同公演など行政区を超えたアーティスト間の取り組みが盛んになってきています。そのような中で、九州地域のアートマネージャーそれぞれが、どのような背景で、どのような価値観で存在しているのかを知ることは大きな意味があると思いますし、その出会いがこれからを変える潮流を生むのではないかと思います。

 

申込〆切は830日(木)としているのですが、現在すでに多くのお申込をいただいています。

九州のほとんどの県からお申込みをいただいていて、あと長崎と熊本からのお申込みがあると全県から!現在すでに申し込みいただいている方の応募動機や履歴をみると、本当に問題意識と高い意欲を持った方が申込してくださっていて、9月末のセミナーが私自身今からとても楽しみです。

 

申込をご検討の方は、ぜひぜひお早めにお申し込み下さい!

詳しくは、

http://artlier.jp/event/theatre/2012/07/2012_1.html

AMS2012 特別編 12:28 comments(0)
失敗体験の共有。
失敗体験の共有って、難しいのだろうか。

失敗には、自分で経験しないと捉えられない失敗と、いわゆる先人の失敗から学べるものとがあると思う。

自分で経験しないと生かせない失敗というのは、いわゆる”痛い目に遭わないと分からない”といわれる類のもので、残念ながらどうしても存在する気がする。他人事のままでは、実感できないものが。それは自分を振り返っても思うし、人を見ていても思う。

しかし、いわゆる先人の失敗から学ぶ ということは、できる限りしたいと思う。してほしいとも思う。
そういう「失敗が共有されてないんだなぁ」と感じる事例に出会うと、とても残念な気持ちになってしまう…。

ある二つの事例は表面的には大して類似点が見つからないようなものなのだけど、おそらく同じ原因で失敗するなぁと思った。もちろんこの後、何も手を講じなければ・・・ということだけど。

なので、自分が取り扱う分野に引き寄せて、多くの事例を分析すること(=この点は成功してるなぁとか、なんで成功してるんだろう。ここ失敗してるな、なんで失敗してるんだろ⇒あの段階で失敗したからか!)のトレーニングを普段からしておかないといけないなぁとつくづく思った。
自分が取り扱うジャンルで、そういったことを含めて情報量をあげておかないと、せっかくの貴重な機会をダメにしてしまうなぁと思った。

自分の成長ペースだけで進んで、前に進むならそれでよしとするならよいのでしょうが、それはきっと『個人の責任の範囲で』はOKだけど、全体の中で役割を担う一人としては不十分なのではないかと思う。
公演なり企画なりがだれのものなのか、誰にとっての最大利益を考えるべきか。
そのことを、ごっちゃごちゃにせず捉えておくことが必要だ。ごっちゃごちゃに扱われちゃうこともあるから、そんな雑音に惑わされず、自分できちんとあるべき立ち位置を捉えておかないといけない。

ハッキリ言ってまだまだ発展途上のこの文化芸術振興というジャンル(業界)で、失敗を隠しあったり、それぞれが他者の経験から学ぼうともせずに、それぞれが間違えて、何度も何度も同じことを繰り返してる余裕なんてない。と心から思う。

制作 19:35 comments(0)
サンフォード・マイズナー講座おためし版☆間もなく開催されますよ!
今週木曜日、つまりあさってにこちらの講座が開催される。


サンフォード・マイズナー講座おためし版
 

http://www.fpap.jp/flp/2012/ws/index.html#2

 

時間堂さんの作品は、DVDで見せていただいたことがあるのだけど、とても丁寧な会話劇という印象。演出家で今回講師の黒澤さんは、新国立劇場演劇研修所でも講師を務めたりもされている。

新国立演劇研修所は、色々な作品に対応できる俳優としての基礎能力を高めるシステムで、非常に柔軟で魅力的な俳優さんを輩出してきているので、かなり期待できるなぁと思う。

 

ワークショップは無料開催のものも多いけど、“俳優”という自覚というか覚悟のある人向けに専門的な内容を渡すワークショップであれば、やはり適切な料金をとるべきだし、払うべきだろうなあと思う。とは言っても今回はお試し版ということでそれでもかなりお得なようです。

 

特に、今回の内容として、「舞台上の居方」とかが主たるものになるようなので、自分たちの普段の演技法を捉えなおしてみたり、相違点を捉えたりという意味でも、参加してみて欲しい人がたくさん思い浮かぶ。


大事なのは、というか、こういうものに参加しての本当の収穫は、そのまま役に立つかどうかとか、自分たちの「現在の」方向性に合致しているかどうかとかっていう即時的なものではなく、色々な演技論を捉えて、自分の中の演劇観や演技論を豊かにできることなんじゃないかなあと思う。

なので、若手の人に限らず、俳優として「できることができる」だけじゃなく、「求められることに応えられる」俳優になりたい人は、この機会に受けてみたほうがいいと思うし、そんな俳優を求めている演出家の人も本当に多いと思うので、そんな演出家さんは気になる俳優さんに受けてもらうといいのではと思う。

 
個人的にも、俳優の研修について色々と考えていることがあるので、こういった内容に対して、どういった人が参加意欲をもっているのか、ということとかも、大変気になる。


たくさんの作品や演技論があっていいし、大事なのはそれを自分自身で深めることだと思う。


今回のように、確かな講師からのワークショップを、参加しやすい距離の場所で受けられる機会もかなり貴重だと思うので、俳優として志ある方は、日時の都合が合えば是非に。

ワークショップ・アウトリーチ 12:20 comments(0)
scrap and build

ゼロから何かを立ち上げるのも大変な労力を要するものだけれど、実は辞めるというのも労力を要することである。

単純に、何も考えずに辞めるのは実に簡単なのだが、「よい形で辞める」となると、これが結構難しい。

 

何のたとえ話をしたいわけでもないので、ストレートに『事業』で考えてみる。


まず辞める理由だが、辞める理由は色々にあるだろう。

例外的なものを除けば、次のようなところが主たるところじゃないだろうか。

 

(1)予算がなくなった(または減額された)。

(2)人員が減らされた。(マンパワーの不足)

(3)担当できるスキルや人脈を持った人材がいなくなった。

(4)事業そのものが役割を終えた。

(5)事業に対するニーズがなくなった感じがする。(なんか、そぐわない感じになっている。)

(6)ニーズもあるはずで、合わせて企画を組み立てているのに、なんかうまくいかない。

 

もう、多分(1)が理由とされるケースが、ダントツで一番多いだろうと思う。

(2)(3)も、現状ではアルアルである。

これについて、あらゆる手段を持とうとすること、試みることももちろん事業担当者の仕事だが、ここではこれ以上掘り下げないで、置いておく。とりあえず、理由として一番多いだろうということだけ触れておく。

(4)は、幸せなケース!
ニーズがあって始めた事業が役割を果たし終えて、「もうやらなくていいね」となるのは、もっとも幸せなパターンだと思う。

ただし、「本当に役割を終えているのか」という判断には、十分に注意を払う必要があるけど。
そこを判断してみて、やっぱり終えているなと思われるのだったら、次の別のニーズがきっと生まれているはずなので、そっちに取り組みたい。
これ、間違いなく前進。
これ、うらやましいくらい幸せなステップ。

 

(5)だと、別の形が求められているのかもしれないから、これまた精緻に見ていくことが必要。根本のところがニーズとマッチしていないのか、そもそもニーズをとられ間違っているのか、それとも手段の部分とか表面的な部分がベストじゃないだけじゃないのか。という見直しをしたいところ。

 

(6)、やばい。
これは危険度が高い感じがする。ニーズに対する答えの判断に、大きな隔たりが隠れているかも。ニーズがあるはずと確信できるなら、尚のこと、手段(ニーズに返しているもの)が間違っていないか、判断が偏っていないか、対・人間への取り組みとして配慮に欠けていたところはないか。とか、多方面で見直してみることをしたい。

 

とはいえ、一番危ないのは、辞めないといけない理由とかそのものの置かれている状況について細やかに捉えて判断することなく、乱暴に辞めてしまうこと。


いい形で辞めるというのは、(4)のほかには、他にやってくれる団体が出たとか、よりよい担い手が見つかった、さらによい形で応える事業が生み出されたとかだろう。

そうして「よい辞め方」で辞めるためには、ただそれらが出現するのを待っていてもだめで、(突如現れるとかもあるかもしれないけど、それは幸運としか言えない。よいことだけど。滅多にない。)やっぱり数年かけて、その準備をしないといけないだろうと思う。

 

だから、よい形で始めるのも、よい形で終えるのも、状況判断能力と課題認識能力と長期的視野が必要なのだと思う。


ということで、私も頑張ろうと思う。

(なんか、途中の文章が変な占いみたいになってしまったなぁ。)


制作 21:36 comments(0)
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演劇の制作者として、福岡にて修行中!
日々考えたことや感じたことを、なるべくこまめに書いてゆきます。時々、演劇と関係ないことも書くかも。。
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